2010年12月31日金曜日

今年も終わり

12/29 今年最後のチャリーングに行った。
自転車に乗るのは先月ゆとらーと一緒に嵐山に行って以来だ。
12月は大原もあって忙しかったし、風邪もひいてたので自転車に乗る時間は無かった。
そのせいですっかり体はなまっていた。
前回箕面の山を登った時は疲れ知らずだったのに、今回は異様にしんどくて風の社ところで休んでしまった。
上り始めたときに黄色のTREKが走っていて、あいつについていこうと思ったら、やたら遅いのですぐに抜いてしまった。
で、登っていったのだが体がなまっていたせいで、辛くて辛くて風の社のところで止まって休んでいたらすぐに黄色のTREKに抜かれた。
ゆっくりでも走り続けることが早く全行程を走りきる秘訣である。
一休みして走っていって、箕面川ダムの方に向かったところで、「おさき~。」と言われて、抜かれた。
くそっ!っと思って追いかけようと思ったが、バテバテでついていけなかった。
いいさ。奴はきっと勝尾寺から下ってきた奴だ。だからあんなに元気走っているんだ。
と思い込むことにしてマイペースで走った。
やっと、能勢のところの下り坂に来たが、向かい風が強くて一向にスピードが出なかった。
池田方面に向かう道でも、普段は最高速度60km/hくらいでるところでも、向かい風でちっともスピードに乗れず、今年一年向かい風の一年だったということを物語るような走り収めだった。

コース>
蛍池→箕面の猿山経由→箕面川ダム→能勢方面→423号線経由→池田→蛍池

距離>36.37km
Max>49.9km
Ave>21.0km
時間>10時30分-12時34分
実働>1時間44分
休憩時間>20分


大原簿記社会保険労務士講座 労働保険一般常識定例試験
12/26は労働保険一般常識定例試験だった。
今回はいまひとつ身が入らなかったのだが、試験をさくさく解いて一番に提出して帰ってきた。
さっさと帰りたかったのもあるが、択一問題で1問超ケアレスミスをしてしまった。
選択は3つも間違ってしまった。
社会保険一般常識と労働保険一般常識が苦手というのもあるが、だめな結果だった。
正月前半は労働保険一般常識の復習で、正月後半は安全衛生法の復習をやらなければいけない。
そして、来年の課題は社会保険労務士試験に復讐することだ。
会社は相変わらず嫌な気持ちになりながら行っているのだが、もし、本気で嫌になったら辞めてしまえばいいという、いい加減な気持ちで続けていこうと思う。
個人的には仕事には一生懸命取り込みたいし、仕事の時間は仕事の時間、プライベートはプライベートではっきり分けて、どれも一生懸命やりたいが、だらだらとした感じで、社内的な仕事やお付き合いなどどうでもいい事ばかりで、仕事をする環境からどんどん程遠くなっていっているので、典型的なダメな会社のパターンになっていっている。
皆が社労士試験レベルの脳みそがあればこんなことにはならないと思うんだけどな~。
一刻も早く社労士と行政書士になって、働きやすい社会になるように社会貢献が出来る2011年になれば言いと思う、2010年末であった。

2010年12月20日月曜日

つめが甘い

昨日大原簿記の社会保険労務士講座第一回定例試験(労基安衛)の結果が返って来た。
択一15/15(満点)
選択4/5
だった。
つまり、選択式を一問間違えた。

当然だが、平均点よりも遥かに高く、今本試験を受けても合格点を取れるレベルにあると言える。
が、実際の試験ではこの1点をとれない実力が、合格ラインを超えられなかった実力として、今に至ってしまった結果になっている。
満点だった択一も、全ての選択肢に理由をつけて、正解を導きだせたわけでもなく、迷ったけど、恐らくこれが正解肢と思って選んだものがたまたまあたっていただけだ。

人生も試験も同じだが、ずっと自信が持てないのだ。
多分、自信をつけた日が来たら、勘違いをして人生下り坂になってしまった時だと思う。

一生勉強して行かなければならない。

今日は、忘年会だった。
いつも通り仕事では酒を一滴も飲まなかった。
酒を飲んだら今日の貴重な時間が終わってしまう。
家に帰って、ほんの少しの貴重な勉強時間を積み重ねて貯金をしていった者が、将来大きな貯蓄となって人生に返って来ると言う考えは、浪人が終わった時からずっと変わらない。

将来は突然やってくるのではなく、一分一秒の積み重ねでやってくるのだ。

日々是決戦

2010年12月17日金曜日

行政書士デビューすべきか?

社会保険労務士の試験が終わってからずっと独立すべきか悩んでいる。
プラス思考で行けば、社会保険労務士試験に落ちたが、行政書士だけでも独立すべきだと思っていた。
だが、実際に社会保険労務士と行政書士を兼任している人2人に会って話を聞いてみたが、共通して「今の仕事が苦痛でないならば、社会保険労務士を取ってから考えて独立すべき。」との意見だった。

確かに、現在不況のさなか士業者が増えて来てだぶついた感じになっていて、喰えない状況だ。
一部の古株がおいしいところを押さえているので、若手はニッチなところを攻めざるをえない。
社会保険労務士は、社会保険労務士になった瞬間から出来る事がはっきりしているので、迷いもなく社会保険労務をこなせばいいのだが、行政書士は登録したところで、どんな事が具体的に出来そうか、上位20個くらいしか思いつかない。
そして、思いついたものは先人が手がけているのだ。
また、行政書士が出来る14000程の業務の多くは行政書士じゃなくても出来てしまう。

行政書士として、なんとか生計を立てて行きたいが、社会保険労務士を取って、盤石にしてからデビューするのも貴重な意見だと思う。
転勤でもなく、我慢出来る程度の今の会社の状況だと、時期尚早にならず待つべきかもしれない。と考えてしまうようこのごろである。

明日は大原に社会保険労務士と行政書士の実務家講習会に行ってみる。
これは、大原主催なので基本的にはネガティブな事は言わないと思う。
いろいろなビジネスモデルをみて結論を出そうと思う。

ただ、今言える事は来年の社会保険労務士に必ず受からなければいけないという事だ。

2010年11月27日土曜日

こんどはサドコースだ!


会社の後輩君(ゆとり世代なので、今後は「ゆとら~」とする。)が、チャリを買った。
コルナゴprima2010 105、、を。
バカボンのパパ曰く「とりあえず、コルナゴ、、、。見たいな感じでコルナゴを買うなんて、生意気な!気にいらね~。」とのこと。「ま、いいんじゃない。彼、金持ちだし、、。(独身は金持ちなのだ。バカボンのパパも僕も妻子持ちなので可処分所得なんて無いに等しいのだ。)
ま、一台目でコルナゴって、「俺、免許取ったからベンツ買うわ。」というようなもんである。バカボンのパパはコルナゴ、ピナレロは一台目で乗っちゃいけない、、ましてやDE ROSAなんて乗るのは許されないという考えなのである。それもそのはず、貧乏人のバカボンパパはKOGA宮田で、僕はオルベアアクアなのだから、、、。僕ら貧乏人は、たぶんシビックと86レビンといったところである。それに比べて、ゆとら~はベンツでゆっくり走るのだ。
「貧富の差」というやつです。

で、朝8時にいつものマックで待ち合わせた。
僕は7時45分くらいの到着。
バカボンパパは7時50分くらいの到着。
二人で朝マックしながら、バカボンパパ曰く、「ゆとら~生意気じゃね~。先輩より先に来て待っとくとかさ~、そういうのできね~よな~。」
「そんなん出来るわけね~じゃん。」
ということで、ゆとら~は7時55分に来た。
遅刻じゃないから問題なしなんだが、、、。

今日の行き先は、当初明石だった、、。平地好きのバカボンパパの意向である。
でも、明石に行ったって景色も紅葉があるわけでもないので、面白みが無いので京都に行こうということで押し切った。&マゾコースだった亀岡もだ。

で、出発。
今日は寒い、、というか涼しく絶好のサイクリング日和である。
ペダルが軽い、、、、。35kmくらいで走れそう、、、。と思い走り始めた。
で、後ろを見た、、、。ゆとら~ついてこない、、、。
すご~く走りやすいのに30kmも出さずに走る。
もうちょっととばしたいな~と思いつつ、仕方なくゆっくり走った。
バカボンパパは僕の時は容赦なく置き去りにしたくせに、ゆとら~の後ろを追走してあげているのである。なんなんだ、この待遇の差は。
明らかなローペースで嵐山についたのは、10時半くらいであった。一人で行った時は9時半過ぎにはついたのに、、、。

秋の嵐山。
渡月橋は人が零れ落ちそうなほど人だらけ。
これからどこに行くかという話になった。
バカボンのパパ曰く、「明日家族で今日と行くんだけど、どっかいいとこある??清水寺と金閣寺って近い??」
金閣なら比較的近いかも、、、。
ということで、金閣寺に行くことにした。といっても、金閣寺の前まで行くことになった。
途中、天竜寺、仁和寺、竜安寺、広沢池、金閣寺、、、世界遺産全て素通りである。
仁和寺にいたっては、高校の古文のテキストに出てきた有名な話なのに、バカボンパパは知りもしない。ゆとら~も「ああ、、、よくわかりませんけど、。」といった程度である。
美を愛でるとか、教養があるとか、といった部類から真逆な人たちである。
途中、紅葉も綺麗だったが、二人は見てもいないのである。ああ、情操教育とか縁もないんだろう。
ものすごく人がいっぱいいる金閣寺の前まで行って、人がいっぱいいることだけ確認して、また桂方面に戻った。
沓掛の手前まで来て蕎麦屋で昼食を取った。

バカボンのパパは上り坂が嫌いなのと、一日中遊び歩いていると家族から不協和音で押しつぶされるので、ここで来た道を一人帰ることにし、ゆとら~と僕は二人でマゾコース亀岡コースに行くことにした。
バカボンパパは別れ際に、「おまえ、俺がおまえにやったような仕打ちは、ゆとら~にすんなよ。」といった。
バカボンパパは9月に僕がロードデビューした際に沓掛から置き去りにして、池田の手前20kmくらいのところまで単独走行させた酷い奴なのに、ゆとら~には同じ仕打ちをするなというのである。
差別だ!!!!

ということで、ゆとら~の超スローモーション走りを追走して亀岡に向かう坂を上った。
スローすぎてかえって疲れる。
と思い途中で抜いて、峠のトンネル前で待っていた。
待っていたらゆとら~がへろへろになりながら登ってきた。で、こけた。
すげー面白いのだが、あまりにもゆとら~が苦しんでいるのでちょっと心配になった。
そして、コルナゴ号のサドルがこけた弾みで明後日の方向を向いていた。
サドルを直して、ゆとら~が苦しんでいるので休憩していたら、コルナゴ号に乗ってみたくなったので乗ってみた。「あ、軽い。乗りやすい気がする。あ、走る走る。」(といっても、ゆとら~の自転車には工具も乗っていないし、ドリンクもちょっとしか乗っていないので軽いはずである。とはいえオルベア号より500gは軽いのである。)といって走ってみたらなんか違和感を感じた。何かが変だ。
と思いタイヤを触ったら空気があまり入ってないではないか。何故50km近く乗ってておまえは気づかないんだ??おまえゆとら~か??という感じである。
で、僕の簡易空気入れで空気を入れることにした。
しゅぽ、しゅぽ、しゅぽ、、、、あ~、しんど。というのを繰り返しては、また70くらいだ。とかいって二人で空気を入れていた。そして、「よし、もうちょっとだ。」と僕がいって、「えいっっ!」とやったら、バキッとバルブが折れてしまった。
ガ~~~~ン。折ってしもた、、。
ああ、面倒臭せ~~~。といいながら、僕の持っていた替えチューブでチューブ交換をすることになった。
ゆとら~は今までチューブ交換もしたことも無く、替えチューブも持っていなく。ただただ僕がやるのを見ている感じである。(がんばりや。次回一人でパンクしたら自分でやるんやで。といった感じである。)
そんなこんなでチューブ交換をして、坂を下って途中ドラッグストアでゆとら~がラブを買って足に塗ったくって亀岡の死の苦しみの坂道を超スローペースで上がって、家まで帰ってきた。
最初に行った時は、4時前、一人で行った時は1時半、今回家に着いたのは5時前だった。
僕は個人的にゆとら~にサドな事をした感じで、ゆとら~はかなりマゾになっていた。
でも、よくも苦しみつつも走ってこれただけゆとら~は頑張ったと褒めてあげよう。
といった一日でした。

コース>
往路:蛍池→171号線→嵐山→金閣寺

復路:金閣寺→嵐山→9号線→亀岡経由→423号線池田→176号線蛍池

距離>111km
Max>55.7km
Ave>20.5km
時間>7時40分-16時45分
実働>5時間23分
休憩時間>3時間42分

2010年11月21日日曜日

大原簿記難波校社労士上級コース1回目

今日は朝から大原簿記難波校で社労士上級コース1回目の授業だった。
また、長いようで短いような予備校生活が始まった。
浪人時代の代ゼミといい、行政書士講座のときのWセミナーといい、僕は予備校と長く付き合ってしまうジンクスがあるのかもしれない、、。

久々の授業で、今日は「労働基準法」の1回目と2回目だった。
入門コースの時からだと4回目の同じ内容なので、ほぼ覚えている内容だったが、やっぱり完璧ではない気がした。これが完璧か完璧じゃないかが本番で合格ラインを越えられるか越えられないかの見えないボーダーだと思うし、実際にそうだったと実感している。
今日の授業でも、去年と同じ顔ぶれが数人いた。多分、半分合格で抜けて、落ちたうちの半分が戻って来て、あとの半分がドロップアウトしたのだと思う。
不合格になったからって、終わりなんかじゃない。不合格になったからってやめちゃったら本当に終わりなのだ。社労士の試験は受かるまで何度でもやってやるぞ!という不退転の決意をしたので、あとは来年合格するだけです。

日々是決戦!!!

2010年11月13日土曜日

紅葉の季節

今日は朝からおこちゃまと配偶者が幼稚園に泥団子お作り会に行った。
配偶者は「あなたは、私達が幼稚園に行っている間自転車で勝手に走っときなさい。」と言い残し去って行ったので、言われた通り自転車で走りに行った。

コース>
蛍池→西田橋経由→勝尾寺→箕面川ダム→五月山経由→池田→蛍池

距離>30.76km
Max>60.1km
Ave>18.4km
時間>10時00分-12時20分
実働>1時間40分
休憩時間>40分

勝尾寺タイムトライアル、、、。
目標タイムは15分、、、。
と思い西田橋から全開で走った。
すぐさまグロッキーに。あ、、気持ち悪くなって来た、、我慢、、。
という感じで、ゲロを吐きそうになりながら結局勝尾寺まで20分かかった。
ま、鈴鹿以来ランニングもしてないし、体もいい感じでなまっているから仕方ないのかも、、。と言うタイムだった。でも、前回よりは早くなっている気がした。

勝尾寺の前で気持ち悪くて結局20分くらいへばっていた。
前回だと5分で復活だったのに、とばして気分が悪くなった分復活に時間がかかって全行程をこなす時間が単純に増えてしまっている気もした。

気分が悪いので勝尾寺から箕面に降りようと思って走り出した。
箕面方面と箕面川ダム方面の三叉路のところで、箕面方面へは車両通行止めになっていた。紅葉のシーズンという事で一方通行にしているようだった。
自転車はきっと行ってもよかったのだと思うが、なんとなく咄嗟に箕面側ダムの方へ曲がってしまった。そして、箕面側ダムの上を通り、五月山の方へ行った。
途中前回ボタゴケした坂も登った。またも、かなりマゾな気分になったがなんとかクリアして五月山の方へ下って行った。
五月山の秀望台 で景色をしながら二度目の休憩を取って、家に帰った。
家に着いたら12時過ぎだった。

2010年11月10日水曜日

恥じをかいて生きよう!

今日は大原簿記難波校に先生に会いにいった。
来年もよろしく!と何が悪かったか?周りはどうだったか。を聞きに行った。
僕が通っていた難波高上級クラスの合格率は50%くらいだったそうだ。

11/21日曜日から三たび大原簿記に通う事になる。

人生はほとんど思いどおりにならない。
特に僕の人生は人10倍くらいうまくいかない。
大学も2浪したし、就職もぱっとしていないし、行政書士の資格を取るのも何度も落ちた。
そんな事を知らない人は僕が要領のいい人間だと思っている人も多い。
でも実はもの凄く要領が悪いのだ。
はっきり言えばバカなんだ。

世の中には、
賢い人とバカな人の二種類の人がいると思う。
僕は自分がバカな事に気がついた最も不幸なバカな人種なんだと思う。
自分のバカさ加減に気付きさえしなければ一生ハッピーだったのに、バカさ加減に気付いてしまったが為にそれを脱出するためにもがき苦しむ人生になってしまった。

でも、これでいいのだ。
何でもこなせて失敗のない人生に味もうまみもないだろうし、失敗を重ねた人生の方が人の痛みだってわかるし味があっていいと思う。
、、、と、大学の時の先生に言われた。
でも、、、、僕の人生は少々味が出過ぎて、そろそろくどい味になりそうな感じだ、、、、。
(毎年成人の日が来る度に浪人時代の悔しかった時を思い出し、自分自身を戒めている。そして、その分人に優しくなれるのだろうと思っている。)

社労士の試験に落ちた。しかも、二年連続で。
頭が悪く、努力も至らなかった恥ずかしい結果かもしれない。
恥をさらしてもう一年予備校に通う。

でも、本当に恥ずかしいのは、失敗したからってやめてしまったり逃げてしまう事だ!
僕は失敗しても全てを受け入れて、成功を目指して行くのだ。
失敗する事はダメな事ではない。失敗は成功の方のカテゴリーのものなのだ。

日々是決戦

2010年11月7日日曜日

また一年の努力

11/6 朝4時に起きて大台ケ原に行った。
大台ケ原には7時過ぎに到着。
7時40分頃からゆっくり行動を開始。12時前に下山。頂上へは30分ほどだが、霜が降りていたりして、お子ちゃまが霜を集めたりしながらゆっくり時間をかけて登頂だった。
雲ひとつなく、文句なしのいい天気だった。
下山後、道の駅の隣のホテルで温泉に入って帰った。
うちに着いたのは5時前でちょうどいいハイキングだった。

帰ったら社会保険労務士の試験結果が届いていた。

労基 選4 択8
労災 選4 択8
雇用 選5 択5
労一 選4 択5
社一 選4
健保 選4 択7
厚年 選0 択7
国年 選0 択7
計25  47

予測はしていたが、落ちていた。
選択の0が二つがショックだった。昨年は余裕の合格点だったのに今年は惨敗だった。
択一は少々調子が悪くても合格点が取れる自信があったが、結果47点で合格ライン48点に届いても居なかった。
悔しかった。あと一年大原に通わなければ行けない。
人生で大事な事は、あきらめない事とプラス思考で行くこと。そして、悔しさを忘れない事だと思う。
この悔しさは、絶対に一年間忘れてはいけないと思い机の下敷きに不合格通知を入れて、一年間この不合格通知を睨みつけて今月末からもう一度予備校に通う事に決めた。

今の仕事についてもずっと考えるところがあり、来春から行政書士として独立開業し、新しい人生をスタートしようとも思う。本当は行政書士と社会保険労務士の同時開業を予定していたが、ずるずると今の仕事を続けて時間を浪費していくと、自分自身のプラスにならないと思い、今の時点では今月か来月に行政書士会の入会届を書いて、12月か遅くとも1月に入会届を提出して2月途中で会社は有給消化で3月末で退職しようと思う。

来月には35歳になる。
35歳の春は独立の春。
人生のターニングポイントになる。
行政書士としての春。
僕の人生でこの選択が間違えではなかったと必ず思えるはずだ。

行政書士は食べていけない。とか士業では一番下っ端とか思われるかもしれないが、6年もかけて悔しい結果を何度も受け止めて手にした資格だから、絶対に何が何でも成功させてみせると思っているし、苦労して手にしたものだからこそ大事にしたいと思っている。

4月には会社を辞めて、行政書士デビューをする。
8月の末に社労士の試験が来るまで昼間は現在の仕事関連のお客さんやありったけのコネ先に行政書士としてデビューした事の挨拶回り等をやって、出来れば月1、2個くらいの仕事を受注出来て少しづつ実務を勉強しながら、夜は社労士の勉強をして、8月の社労士試験を迎え。来年秋からは昼間は行政書士。夜は簿記の勉強をやっていきたいと思っている。

人生苦しい時が上り坂。
日々是決戦。

今日は朝から庭でいもほりをした。
昨年はちょろっとイモがあったのに今年は見事なまでに全くイモがなかった。
ツルだけだった。不思議な程ツルだけだった。きっと我が家の土は栄養があり過ぎなのだと思う。来年はイモはやめて違うものを植えようと思う。
いろいろ植えていたプランタも全て整理して夏物はひっくり返して、冬から春に出来るものに植え替えをした。
昼過ぎ伊勢駅伝を見たら、朝母校東洋大学が1位を走っていたのが3位に後退していた。
伊勢と箱根の優勝を見たかったが、結果的には伊勢では3位だった。
早稲田は出雲、伊勢と続いて1位。
東洋は二回連続3位だった。
来春の箱根では3年連続の優勝を是非とも成し遂げて欲しい。
でも、 3位って純粋にすごい事だ。後輩君達はすごくよくやったと思う。単純に先輩として今日の後輩君達の結果を誇りに思えた。
後輩君達の姿を見て、僕も一生懸命やらなければいけないと思った。

午後からも庭の仕事をして、部屋の掃除とワックスがけをした。
部屋の掃除は出来たが、本棚の整理が出来なかった。
今年のテキストを整理して、去年のテキストを奥にしまって、来年のテキストをいれられるスペースをとなければと思う。
本棚を綺麗に整理したら、「行政書士の執務室」としての写真を撮って入会届に使えるようにしなければならない。
色々とやる事が多い週末だった。

2010年10月31日日曜日

大会終わったけど、、。

鈴鹿のエンデューロが終わって、後は社労士の結果を待つのみとなったけど、なんとなく箕面の猿山にのぼりに行った。きっと僕は猿なんでしょう。
素直に表コースの猿山を登るのは2回目だった。
前回9月に初めて登った時はゼイゼイ言いながら、途中抜かれもしたが、今回はちょうどいい疲れ具合で登って行けた。誰にも抜かれなかった。と言っても誰も前にも後ろにも走っていなかった。時たま前から来る人は見かけたけど、、、。
タイムも前回より早くなっていたことを実感できた。
これからは2週間に一回くらい自転車に乗って健康維持に努めたいと思う。
ところで、箕面の猿山に上り始めたところで、前のチェンジと後ろのチェンジをほぼ同時くらいにチェンジしたら、ガチョンと言ってチェーンが外れた。初めてチェーンを外してしまった。アンディーシュレック状態になった。とはいえ、すぐにチェーンをつけて見えないコンタドールを追っかけていった。
もう来週から11月というだけあって、長袖を着ていったにもかかわらず下り坂では結構寒かった。
それに、途中で野菜を買おうと思ったのに、もう野菜を売っている露店もなくなっていた。枝豆を買いたかったのに残念である。
そんなこんなの3時くらいからスタートしたまったりサイクリングでした。

コース>
蛍池→箕面の猿山経由→箕面川ダム→能勢方面→423号線経由→池田→蛍池

距離>38.45km
Max>49.7km
Ave>22.1km
時間>15時00分-16時54分
実働>1時間44分
休憩時間>10分

2010年10月25日月曜日

鈴鹿エンデューロ

8/22社会保険労務士の試験が終わってから、腕を使ってペンを動かすことから、脚を使ってペダルを廻すことにやるべき事が変わった。
 そして、社会保険労務士の試験があったように、自転車の試験はこの日の鈴鹿エンデューロだった。

朝3時に起きて、うどんを食べて3時半にバカボンパパが迎えに来た。
中国豊中インターから新名神を通って一路鈴鹿サーキットへ!
大きなサーキットに行くのは初めてだった。
サーキットに行く途中、亀山インターを降りて途中にマックによった。
朝マックを食べて、ローソンによって、サーキット入り。
6時くらいだった。時間はぴったり。
鈴鹿サーキットの駐車場に入るときバカボンパパが駐車場代を払おうと思ったら、「財布がない!!」と言い始めた。
財布がなければおちおち自転車に乗ってサーキットを走っている場合ではないのだ!
どこで落とした???
「ローソンで買い物してたよね?その時お金払って買い物して、トイレに行ったよね。」
あそこで落としたしか考えられない。
ということで、駐車場に入れてしまったので、自転車で取りに行くことになった。
バカボンパパはおそらく3~4kmはあるコンビにまでの道を自転車に乗っていってしまった。
その間に僕はエントリー受付に行った。
長蛇の列。
6時半くらいから並び始めて、30分ほどかけてエントリー。
その間僕も急激にうんこをしたくなってきた。
やっとのことでエントリーを済ませたところに、バカボンパパは「財布あった~。よかった~。」といって戻ってきた。
試走をしたかったが、タイムリミットが7時15分までで、エントリーが終わってパドックに行く時には7時10分くらいだったのでその時点で試走が出来なくなった。
財布を落としたことやら、長蛇の列に並んで時間がなくなるやらうんこをしたくなったやらで、想定外続出であった。

パドックに行ってみた。
既に陣取っている人たちがいっぱいで荷物を置く場所もあまりなかったが、そこはバカボンパパに任せてトイレに行った。
長蛇の列。
うんこをするのにまた30分くらい並んだ。
だって、うんこコーナーは一個しかないんだもん。
スタートは僕が走る予定だったが、うんこに手間取って、携帯電話でバカボンパパに連絡。
「ごめん。出走に間に合うように戻れないわ。」
ということで、急遽バカボンパパからの出走になった。

何とか、うんこをして、パドックに戻ってレーパンに履き替えて、ゼッケンをつけてホームストレートに出たらちょうど8時出走の8時間エンデューロのスタートだった。そして、3分後4時間エンデューロもスタートした。
あまりの人の多さにバカボンパパはどこにいるのやらわからなかった。
スタートを見ていたら、ルービックキューブの人やら、5レンジャーやら、網タイツバニーっぽいおっさんやら、顔無しやら、ゲゲゲの鬼太郎の女の子が5~6人やらも走っていた。
 どちらかというと、僕もそっち系をやりたい気にもなっていた。

25分ほどしたら、バカボンパパが戻ってきた。
いざ出陣である。
ホームストレートをF1と逆周りで戻っていくのである。
鈴鹿のホームストレートはエライ坂道で、ピットから出て坂道を登りきるまでにかなり苦しまなければならないのである。
上りきったらあとは下り坂、と緩やかなのぼりが続き、ホームストレートに戻ってくるまでにかなりの下り坂があり、死にそうになりながらホームストレートを登っていくのである。
一周10分くらいである。

弱虫毛虫のマゾ走りの僕は、自分よりちょっと早そうな人のお尻にぴったりついて走ろう!と思いつつ、ターゲットを探しながらのセコセコ走行をしていた。手ごろなターゲットがないと単独で走ってしんどいし、タイムも落ちるのでいかに人を踏み台に出来るかがポイントなのである。

ということを繰り返して4時間。バカボンパパとお互いに12周づつ、計24周して、タイムアップになった。
タイムアップまで、あと3分詰められれば25周目に突入できたので、1周1周をもう少し頑張っていればよかったと思うゴールだった。
目標順位は二桁台だった。(あとで調べたら4時間ロード部門には260チームがエントリーしていたようだ。)
 レースが終わってから、順位を見に行ってみたら、3時間走ったところでの順位が張り出されていた。187位。微妙~。もうちょっと早かった気もしたけど、8時間の人とかもまざるとそんなもんなんかな~。来年頑張ろう。という不完全燃焼な気持ちになった。
で、お楽しみ抽選会の賞品が当たらないかを待つため、出店屋らを見ながら時間をつぶしていた。
僕はスニーカーをはいてたのだが、バカボンパパはビンディングシューズで歩きにくそうで、「靴履き替えに行くわ。」と言って雪駄に履き替えに戻ったので、ぶらぶら出店を見つつ、もう一回レース結果を見に行ってみた。
4時間の最終順位。あれ、187位のところにないじゃん。もっと遅かったか、、、。と思って探しても無かった。ず~っと見ていったら、4時間ロードの部で65位だった。
「お!なかなか健闘した!」と思えた。
なにせ、ほとんどの人が自分より高級自転車で、ロードに乗り始めたのも1月半前だから、その割にはいい成績であった。といっても、ほとんどバカボンパパの助けだったのだが、、。

バカボンパパが戻ってきた。
まだ表彰式をやっていた。
ほとんどの人は表彰式なんてどうでもいいのである。
抽選会の粗品狙いなのである。

表彰式が終わり、抽選かが始まった。
最初は折りたたみ自転車からである。
バカボンパパと二人で、「自転車が当たんね~かな~。」とか言いながら抽選を見守っていた。
米が当たっている人もいた。「あれ、もって帰ったら家族によろこばれるのにな~。」とか言いながら、僕は「任せろ!そろそろ俺当たるから。ビギナ~ズラックで当たるから!」と言っていたら、『1365番の○渡×人さん~。』と呼ばれた。「しゃーっ!!! キタ~!」、、、本当に当たったのである。バカボンパパもびっくりである。
バカボンパパも僕も抽選会の話なんか全く聞かず、当選番号と名前が呼ばれるのだけ待っていたので、何が当たったのかわからなかった。
喜んで前に取りに行くと、遠くから見たらな何か四角いものを持っていた。「旅行券の目録か??」近くに行くと、なにやら箱だった。何だ?自転車の部品化???
受け取りに行くと何故か、博多ラーメン(九州ラーメン)の詰め合わせだった。
何故~~~~~~。高級自転車が当たるはずだったのに、俺はラーメン詰め合わせなんだ~~???
しかも、鈴鹿は三重だから博多ラーメンって全く無関係だし!!!
よくわからないままラーメンをもらって複雑な気持ちでバカボンパパのところに戻ってきた。
バカボンパパはちょっとうらやましそうにしながら、「何もらった??」といので、「ようわからんけど何故か博多ラーメン。」といったら爆笑していた。
何も当たらんよりかはいいけど、自分より3つ後の当たりはコラテックのクロスバイクやらジャイアントのクロスバイクだったので、もうちょっとあとに当たってほしかった気持ちでいっぱいだった。
そして、バカボンパパには何も当たらずに抽選会も終わり。
出店で、ジャージやらサングラスやら、子供の自転車につけるライトやらを買って帰った。
ラーメンは14食も食べたくないので6食だけとってバカボンパパにあげた。

家に帰ったら土砂降りの雨だった。雨の中荷物を降ろして、自転車のテストの日は終わった。
子供の自転車のライトはつけようと思って点灯したら、何故かテールランプだった。売っているところのものを触り倒していたのはテールランプじゃなかったのに、買って帰ったものはテールランプだった。 でも、お子ちゃまは前につけたいというので、ハンドルのところに付けてあげた。赤い点滅で喜んでもらえた。

場所>鈴鹿サーキット(F1と逆周り)
距離>70.69km(1人での走行距離)
Max>57.7km
Ave>31.4km
時間>8時3分-12時04分
実働>2時間15分


二人でのタイム
鈴鹿サーキット24周
4時間4分17秒 平均速度34.28km/h トップとの差6Lap


でした。ということで、バカボンパパ様様のタイムでした。
とは言え、バカボンパパのオープニングラップは大渋滞でロスがあったろうし、僕のファイナルラップはタイムアップと思って流した感もあったので、お互いにロスが多かったのだろうと分析しています。
そのロスを解消すれば25週目突入できてラップ数が上がって、50番台に入り込めていたことと思います。


という、鈴鹿エンデューロでした。

2010年10月18日月曜日

10/16
今日は朝からおこちゃまの運動会だった。
母校(母園)の運動会だ。
実に30年ぶりの母校。
おこちゃまは元気に走ったりしていて、ほのぼのとしていて、あ~、俺ってこれでもパパなんだな~。と実感できるひと時だった。

運動会は午前中に終わり、午後からはおこちゃまと空港の滑走路したまでサイクリングに出かけた。
おこちゃまのメインカーと高校の時から乗っている使用暦約20年のマウンテンバイクでのサイクリングだった。
さくっと、滑走路下まで行ったのだが、でかい飛行機が頭の上を飛んでいくのにおこちゃまはおびえてすぐに退散した。
帰り道、久保公園と千里川で遊んで約2時間半のサイクリングだった。
個人的にはロードバイクで飛ばすよりも、ゆっくりと楽しく景色を見ながらのサイクリングの方が楽しかったりもする。
今の季節、金木犀の匂いをかげるのは車では味わえない自転車ならではの醍醐味な気もしている。
でも、ブタクサの花粉に過剰に反応してしまうのも、自転車ならではの苦しみな気もしている。


10/17 淡路島一周サイクリング
明石海峡大橋スタート時。午前7時前の写真。

 ナゾのパラダイス 立川水仙郷。

来週の鈴鹿エンデューロに備えて、予定通りバカボンパパと淡路島一周の試練に挑戦。
朝5時蛍池を車で出発サービスエリアでそばとおにぎりを食べて明石海峡大橋の下に6時半ごろ到着。
7時前に出発。
ちょっとさむいな~。と思いながら朝焼けの中を走り出す。
左側に海をみながらのサイクリング。
淡路島はみんな海側通行右回りが基本なのだ。
 序盤はゆっくり入って、途中からバカボンパパが先導して35km/hくらいで海岸線を爆走。
信号もあまりないし今日はハイペースだな~。と思いつつゆっくりぎみの自転車を抜いたりもした。
淡路島は一周丸々平地かと思ったら大間違え。
太平洋側は下のほうで結構アップダウンがあって苦しめられた。
で、怪しげなナゾのパラダイス立川水仙郷で一服。
どんなナゾのパラダイスがあるのか気になるが、胡散臭さプンプンだった。
そんな、立川水仙郷の前でピナレロに乗ったおっさんを抜いたりした。自分より高い自転車を抜くのは気持ちのいいものだ。
一服して、再スタート。登ったり降りたりに相変わらず苦しめられつつ、またしてもバカボンパパに置き去りにされた。
と、思ったら、坂道を下りきった交差点でバカボンパパは停まっていた。
どうした??と思ったらバカボンパパは、先週の意味不明の減量のせいで何故か足がつっていた。
人が苦しんでいるのを見るのはすごく面白いのだが、武士の情けか、敵に塩を送るとでも言うのか、ラブを貸してあげた。
バカボンパパはラブを足に塗りしだいて、あ~これきくは~。買お。とか言っていた。
で、壊れたバカボンパパと再出発して、ゆっくり走っていたにもかかわらず、平地でまたもバカボンパパは足をつって壊れた。
田んぼの真ん中で座り込んで、足全体にラブを塗りしだくバカボンパパ。
俺はもうだめだ~。あと100km走りきれる自信がない。あの坂も上れるかわからない。押して上がるかも。と言いつつゆっくりスタート。だのに、何故か坂道になると苦しみながら早いバカボンパパ。
やっぱり置いていかれたか、と思ったら坂を上りきったとこりでまたラブっている。
一通り足にラブを塗って苦しみつつも11時に南淡路の鳴門海峡の道の駅に到着。
相当、肉体的にも精神的にも追い込まれているバカボンパパ。
やった。今日は勝ったかも。と思いつつうどんを食べて、淡路島側から鳴門海峡を眺めて、再度出発。
今度は瀬戸内海側をいざ岩屋へ向けて80kmの復路だ。
やっぱり復路も最初はアップダウンがあり、のぼりは辛い思いをしながら走った。
途中、まったく同じorbea aquaにのった人がいる集団とすれ違った。
あ、同じ自転車だ。うれしいな~。と思った。
ちょっと走っていたら、後ろから猛スピードで接近してくる自転車集団に抜かれた。
あ、俺と同じorbea aquaだ。
と思ったら、あっちゅう間にちぎられた。
バカボンパパが、追え。というので、海岸線を少し追いかけて後ろにつけた。
35km/hくらいで走っていく集団。
早い。
数km走って、俺は脱落した。
バカボンパパは追跡して行ってしまった。
壊れていたくせにバカボンパパは猛スピードで追っていってしまった。
単独走行で向かい風を浴びながら、20km/hくらいしかスピードも出ず、腹も減ってヘロヘロではしっていったが、一向にバカボンパパは現れなかった。
40kmほど走って、あきらめて一人でコンビに弁当を食べて、ハンガーノックを免れることにした。
そして、また一人で走って15時くらいに岩屋の明石海峡大橋の下まで戻ってきた。
往路の最後に壊れかけていたバカボンパパは、ラブ効果ですっかり回復したのか、最後までスピード集団と一緒に走って、俺よりも1時間ほど早く明石海峡大橋の下まで戻ってきたと言っていた。
それにしても、自分と同じ自転車にちぎられたということは、完全に遅いのは自転車ではなく自分がヘボいということが立証され、かなり悲しい気持ちになった。
ああ、可愛そうな俺のorbea aqua君。
俺なんかに買われたせいで、平均時速24km/hも出してもらえずに、超スロー自転車になってしまって可愛そうに。と思った淡路島一周でした。

コース>淡路島一周
往路:岩屋明石海峡大橋下から右回り→南淡路道の駅
復路:南淡路道の駅から右回り→岩屋明石海峡大橋下

距離>151.32km
Max>58.6km
Ave>23.8km
時間>6時55分-15時00分
実働>6時間22分
休憩時間>1時間37分

2010年10月11日月曜日

さほどマゾコースでも、、、。



マゾコースリベンジ

先月ふらふらになりながら行った、京都嵐山、亀岡のマゾコースにあえて一人で挑んだ。
死の苦しみを再び味あうのだろうか?と思いながらの挑戦。
意外と平気っぽい、、。
休みなしに嵐山まで到着。
前回より1時間遅く出たのに、前回より早く到着。

嵐山からの亀岡へ向かう道。
会社の先輩のバカボンパパと同じ年の人にぶっちぎり置いていかれた坂道も、「ふ~ん。箕面の方が辛いんじゃない。」という程度で難なくクリア。
前回「遠いよ亀岡。」と思った道もあっという間に亀岡到着。
亀岡の峠の坂の手前ローソンで一服。大学生のチャリダーが多数いた。
orbea orcaに乗っとった。学生金持ち、、、。
しょうがないのさ!妻帯者のひらり~マンは可処分所得は無しに等しいのだ。
亀岡の峠道もあっさりクリア。前回は押して上がった坂道もええ按配の苦しみ程度だった。
途中下り坂を走っていたら枝豆を売っていたので購入。
嫁子は枝豆が大好きなんだな。ビール無しで枝豆をほおばるおばはんとそのミニラが我が家にいるので買って帰らなければいけないんだな。
池田の途中、スピードを出して下っていたらプチ渋滞で車に縦走。
ちんたら走っているおっさんがいたので、思いっきり抜いてやった。(黒のpinarelloだったと思う。)
ぶっちぎって走っていったら、後ろからさっきのおっさんが迫ってきた。やばい仕返しされる。と思い必死に逃げたが、池田の手前で力尽きて抜かれた。抜かれ際に見たらcannondaleだった。ちがうおっさんか?
一応ついていこうとしたが、途中で川西方面に曲がりやがった。
くそ!勝ち逃げされた。
そして、我が家まで頑張ったがアベレージをあまり上げられなかった。残念。

コース>
往路:蛍池→171号線→嵐山

復路:嵐山→9号線→亀岡経由→423号線池田→176号線蛍池

距離>96.31km
Max>58.3km
Ave>22.5km
時間>7時55分-13時10分
実働>4時間16分
休憩時間>55分


 家についてシャワーをして、昼ごはんを食べて出雲駅伝を見た。
母校東洋大学はアンカーで一つ順位を落として4位だった。
欲を言えば優勝を見たいというか、3大駅伝制覇を見たかったが、贅沢を言ってはいけない。
万年出場権すら得られなかったのだから、、。
抜かれはしたがアンカーの彼も必死に走っていて、頑張っていて見ていて気持ちよかった。
東洋大学の校風は華々しくなくても地道にこつこつやって、結果を出してくるのだ。きっと今回抜かれた彼は、箱根で借りを返してくれることでしょう。
正月に箱根で優勝を見られればハッピーな一年になる気がしたのでそれが一番です。
出雲駅伝が終わってから子供と一緒にサイクリングがてらちょっと遠目の公園に行った。
お子ちゃまの自転車キティー号と、我が家のサードカー兼配偶者のメインカーを借りて公園に入った。
はっきり言って乗り心地はままチャリが一番楽。
と思った、体育の日でした。

2010年10月3日日曜日

釣りと勝尾寺



10/2土曜日
朝4時におきて加太に釣りに行った。
単価が高い魚が釣りたかったが、10cm前後の鰯とグレが入れ食いだった。
加太は大波止が有名だが、大した竿も持ってないので、船着場で地味に小物を釣って帰ってきた。
私自身魚を食べるのがあまり好きではないので、配偶者が殺して切り刻んで揚げて食べていた。
小グレはあまりおいしくなかったそうだが、鰯の唐揚げはおいしかったとのこと。
今回メバルは全く釣れなかった。
何故か狙ってもいない小フグとカサゴが釣れた。小フグは怒ってパンパンに膨れていて、カサゴはさされたくないので気をつけて針をはずした。
来月あたりまた釣りに行ってみようかと思う。

今日は勝尾寺のひるくらいむをしてきた。

コース>
蛍池→阪急箕面線から箕面駅前→勝尾寺→能勢方面→423号線経由→池田→蛍池

距離>39.36km
Max>64.2km
Ave>20.5km
時間>9時40分-11時40分
実働>1時間55分
休憩時間>5分

今回は、勝尾寺側から箕面川ダムの方へ登っていき、箕面川の横を通って前回と同じ423号線を経由して走ってきた。

箕面の山は勝尾寺側から登る方が、随分楽だった気がしたが、人が必死こいて走っているところを、何食わぬ顔でビアンキとピンクのGIANTとあと2台に抜かれた。
オルベアはスペインのメーカーなのでのぼりに強い!という評判だが、aquaは中国製で(aquaの一部素材はスペイン産だが、、)こいでいるのは日本人、しかもこぎ手が、なんやかんや言っても、50日前までは試験勉強していたヘボイおっさんなので、遅くても仕方ないのかも知れません。
とはいえ、抜けれはしたもののさほどしんどいわけでもなく坂道を登り切って、途中で栗となすびとジャガイモと小芋を道端で売っていたので、買いつつ、午前中に雨が本降りになる前に帰ってきました。
いい疲れ具合の日曜日でした。

2010年9月25日土曜日

ひるくらいむ逆回し





今日は前回箕面から下ってきた五月山を逆に登ってきた。

コース>
蛍池→池田五月山→箕面川ダム→能勢方面→423号線経由→池田→蛍池

距離>38.9km
Max>64.7km
Ave>18.0km
時間>10時50分-13時10分
実働>2時間10分
休憩時間>10分


五月山は箕面の山の方から回ってきた方が楽な気がした。でも、箕面川ダムからののぼりは死ぬほど辛い。
 今日は逆回しだったので、今までの最高速度が出た。
というか、急坂で怖かった。
前回転んだ坂道もあっちゅー間だった。

箕面川ダムから能勢方面に行ったら途中コスモスが咲いていた。
途中の花を愛でるのも自転車ならではな気がした。

今度は能勢の方でもいってみようかな。
この数日自転車ばかりで、行政書士関連のことを何も考えていない。
いかんね。これじゃ。

明日は空の日の催しに空港に行ってみよう!

2010年9月20日月曜日

明石焼き食べたかった、、、。


今日は会社の先輩と明石までサイクリングに行った。

コース>
往路:蛍池→171号逆瀬川マクドナルド→西宮→メリケンパーク経由→43号線にて明石海峡大橋
復路:明石海峡大橋→中華街→ポートアイランド経由神戸空港→43号西宮経由→171号線石橋経由蛍池

距離>114km
Max>45.9km
Ave>22.1km
時間>7時-15時10分
実働>5時間10分
休憩時間>3時間

会社の先輩はバカボンパパと同じ年にもかかわらず相変わらず早い。
んが、前回から肉体改造をした結果、ぶっちぎりおいていかれることはなくなっていた。
山によじ登っていた全盛期には程遠い体だが、何ぼかましになっている。

この数年間、肉体よりも脳みその強化をはかっていたので肉体は随分老体化し、血圧も血糖値もコレステロールも上がってしまった。
それに比べて、バカボンパパはメタボ腹にも関わらず、前回の健康診断オールAだった。

10月の鈴鹿エンディユーロまでは隔週で自転車に乗ろうと思うのだが、11月に試験結果が出て、落ちていたらもう一年社労士講座に通うか、受かっていたら簿記講座に通う予定だ。
いずれにせよ、この秋に肉体強化し、冬からはまた脳みそ強化なのだ。

それまではorbea aquaくんと戯れなければならないのだ。

2010年9月19日日曜日

ひるくらいむ

今日は、明日会社の先輩と明石まで走っていくので自主トレとして箕面の山に登ってきた。

コース>
蛍池→箕面→箕面川ダム→五月山→池田→蛍池

距離>28.5km
Max>53.5km
Ave>15.5km
時間>9時-11時20分
実働>1時間50分
休憩時間>30分

さくっと、朝から走りに行ってみた。
初ひるくらいむ。
箕面の猿山を登りきれるだろうか?
と、思いつつ走っていったのだが、登り始めたところでかなりブルーな気持ちに、、。
だが、そこから持ち前のマゾを発揮して、なんてことなく猿山駐車場を通過して箕面川ダムまで一気に駆け上った。
でも、途中おっさん二人に軽々抜かれていって屈辱も味わった。

箕面川ダムを過ぎての登り、、かなり辛い、、辛い、、あー辛い~。
と思って一旦休憩してみた。

気を取り戻して自転車にまたがって、こごうと思ったら、バランスを崩して、自転車ごと転倒。
ビンディングがペダルに張り付いての誰もが経験すると言う滑稽なこけ方を実践してしまった。

その後、ふらふらになりながら登り切ってあとは五月山まで下っていった。
途中何度か休憩をはさんで、携帯写真を撮って、五月山を下りきって、サンディーで買い物をして家に到着。
まだ、11時半だった。

毎日のジョギングによる肉体改造のおかげか、前回ほどの苦しみは味あわなかった。

2010年9月15日水曜日

ちゃりだーでびゅー

まず、「ぶろぐでびゅー」だろうが!
と配偶者から突っ込まれた。

「イバラの道」って、自転車で走るわけではなく、人生なんです~。
8/23,社会保険労務士試験の翌日会社の先輩と自転車屋に行って、会社の先輩が「これ!」って言った自転車に乗る事になった。

ORBEA aqua2010  TIAGRA

オレンジの自転車、、、。
趣味ではなかった、、、。
けど、選択肢が狭く迷う事も無かった。
で、即決。

買って見ると、だんだん愛着がわいて来て、これは長く付き合っていけそうだ。
飽きなさそうな色だし、orbeaらしい色だし、カッコいい。と思うようになった。


購入後、初ツーリングが会社の先輩と
大阪→京都嵐山→亀岡→大阪
のコースだった。

コース>
往路:石橋高瀬川マクドナルド集合→高槻枚方大橋から淀川沿い→嵐山

復路:嵐山→9号線→亀岡経由→423号線池田→石橋

距離>114km
Max>54’1km
Ave>17.2km
時間>7時-15時20分
実働>6時間35分
休憩時間>1時間45分

会社の先輩は、「一緒に自転車に乗ろう!」と誘ったのに、ほぼ僕をおきざ入りにして走っていってしまった。
屈辱的大敗だった。

そこからnaotoのリベンジが始まります。
社会保険労務士の試験に受かったかは未定です。
今年で2度目のチャレンジです。
去年の自分からはひと味もふた味も進歩して試験に臨みました。
たとえ落ちたとしても、来年も受けてなんとしてもうかります。

失敗しても、転んでも、何度でも挑戦し、果敢に攻め続けます。

来春には行政書士デビューを果たすつもりです。
行政書士兼社会保険労務士になるか、行政書士一本になるかの宙ぶらりんの状態です。

naotoのイバラの道は、自転車とともに歩む、脱サラ行政書士兼(社労士)として行く成功へのみちなのです!